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潮騒の国−神島紀行(四)海女の祭り「ごくあげ」

神島の八代神社で見る夕日
八代神社で見る夕日

 去年暮れに神島へ行った時、地元のある女性に“この島には海女さんが住んでいますか?”と聞いたところ、“私を含めて、神島のほとんどの主婦が海女業をやっているよ。夏にはアワビが採れる時期で、もしよかったら6月11日、「ごくあげ」の日にまた来てください。多くの海女さんが見えるよ。美味しいアワビも…”の返事だった。「ごくあげ」はあとで調べてわかったことだが、「御供上げ」と書いて海女業の豊漁や海上安全を祈願する神島ならではの祭りである。
 6月10日、鳥羽から神島行きの最終便に乗って半年ぶりに再び神島へ行った。神島港には冬場に見るカモメの白い群れがなく、数羽のトンビが空高く飛びまわっている。夕食を前にいつもの路地裏を辿って八代神社へ駆けつけた。灯明山の北西に向かう斜面には引きしめあった民家が立ち並び、夕日に照らされて色鮮やかな屋根瓦がさらに輝きを魅せつける。目線を上げれば果てしない海の世界が遥々と続く。そう、ここは山と海の国であり、人々の営みは大自然の中に惚けてゆく。
 八代神社の前で夕日をしばらく眺めると、時間が止まっている感じがした。自然の成すがままのリズムに少し慣れて、次の日を待ち望んだ。
 6月11日の朝5時より、宮持ちがシデを付けた榊を聖域とされる三か所の磯(東のアレガミ島、キヤ島、西のコヘロガミ島)に前もって立てる。午前8時半ごろ、宮持ちの家が用意した船でコヘロガミ島へ向かう。船上には宮持夫婦、船頭等3人の海女を含めて計6人が乗っている。コヘロガミ島の周りでは、すでに海女たちの乗った30艘程の船が待っている。宮持の船は島を左回りで3周しながら三升三合三勺の米を海中に撒く。アワビの豊漁を祈っての種まき儀式とみられる。そして島を周る時に東の豊川稲荷、南の伊勢神宮、神島の八代神社の3方向へお祈りをする。(参考:萩原秀三郎・萩原法子『神島』井場書店、1973年)

神島灯台で迎える朝日
神島灯台で迎える朝日

コヘロガミジマを回る(ごくあげ祭り)
コヘロガミジマを回る

 その後、海女たちが潜ってアワビ取りを始める。私が見ていたのは古里の浜に集まった一般の海女だった。目の前に海女たちが次々と海藻の茂る海へ飛び込む。一回潜るたびにみる海女の表情は実に苦しそう。一時間半の繰り返し作業が一段落すると、海女たちは網籠一杯の捕獲物を肩に乗せて海から戻った。浜揚げした時の情景は今も憶える。波に打たれて何度も何度も躓きながらも顔の表情は勇ましく、強張って見えた。一人の若い海女から御苦労さんと言わんばかりに貝の詰った網籠からアワビを三個取り出してみせる。そして三つのサザエをその場で割ってくれた。この日に水揚げしたアワビは一部竜宮さんと荒神さんに供え、その後に戴くことになっている。

神島の海女
海女漁の瞬間

捕獲したアワビをみせる
捕獲したアワビ

 今回の神島行きで、初めて生業としての海女漁を拝見した。そして自然の香ばしいアワビやサザエを生で頂き、今でも懐かしい。三の数字へのこだわりと海中の島を聖域として崇める儀礼には遠い昔のままの自然崇拝観がみえる。陸と海に生きる海女と漁師の島−神島が一段と大きく感じた。

漁を終えた海女たちが焚火を囲み暖をとる
漁を終えた海女たちが焚火を囲み暖をとる

神島の山海荘でいただく旬のアワビ
山海荘でいただく旬のアワビ